【法律コラム】盗まれた??だまし取られた??

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 こんにちは('◇'
 毎週、答案と競馬予想だけをあげているのもなんだかなと思ったので少し気になる時事ニュースを法律的な観点から考えてみようということで法律コラム的なものを書くことにしました。あくまで、普段法律に触れる機会がないような方に少しでも「法律っておもしろいな」とか「ちょっと裁判例みてみようかな」と思っていただきたくて書いたものですので、法律を勉強している方からすれば「当たり前やろ」という内容ですので、その点、ご了承ください。
 
 先日、ニュースを見ていましたらクレジットカードのすり替え詐欺で慶応生が逮捕されたという記事を見ました。その記事によれば、金融庁職員になりすました慶大生が高齢者のもとに訪ねて行って、「キャッシュカードが不正利用されている」という嘘をつき、キャッシュカードを入れてもらった封筒を(カードであれば何でもいいんですが)ポイントカードの入った封筒とすり替えたという事件で、窃盗容疑で逮捕されたということでした。

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 ここまで読まれた方で、「特殊詐欺なのに窃盗??」と思われた方はぜひこの先を読んでいただきたいです笑。盗まれたせよ、騙されたせよ、被害者のもとからなくなっているのはキャッシュカードですから、そのあとにそのキャッシュカードを悪用してお金を引き出したとか詐欺グループのリーダーにそのキャッシュカードをもっていったとかそういうことは今回は度外視してくださいね( `ー´)ノ
 さて、このすり替え詐欺の事案を読んだときに、

 あなたは盗み取られたと感じますか?それともだまし取られたと感じますか?
 
 
そこがこの事件の問題点なわけですね。まず「法律問題を考える時は条文から」というのが定石ですから窃盗罪と詐欺罪の条文を見比べるところから始めてみましょう。

【刑法235条(窃盗罪)】
 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
【刑法246条1項(詐欺罪)】
 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

 たぶん法律を読んだことがない人でも「なんや当たり前やろ...」と思われる方が多いかと思います。じゃあそんな方に次の事案はいかがでしょう。

【事案Ⅰ】
 就活用のスーツが欲しかった大学生の甲さんは、スーツ店に行き、試着すると店員にウソをつき、店員が目を離したすきにスーツを持ち逃げしようと考えました。甲さんは店員の乙さんに「スーツを試していいですか」と言って、スーツを手渡してもらったあと乙さんが他のお客さんの対応をしているすきに試着室へ行くふりをして逃げだしました。

 さて、窃盗罪、詐欺罪どちらでしょうか。実はこれ結論は詐欺罪ではなく窃盗罪が成立するんですね(これだけ誘導しているとわかってるわ( ゚Д゚)との声が聞こえてきそうですが笑)
 この結論を導き出すためには、窃盗罪と詐欺罪の罪質(とりあえずは犯罪の特性のようなものと考えてもらって結構です)の違いについて考えなければなりません。
 少し難しい言葉ですが刑法学上の言葉で窃盗罪は盗取罪というグループに、詐欺罪は交付罪というグループに分類されています。盗取罪というのは相手の意思に反してモノを取る罪で、交付罪というのは相手の瑕疵ある意思に基づいてモノの移転を受ける罪のことを意味しています。ちなみに「瑕疵ある意思」というのは「キズのある意思」という意味で、さしあたり自分の思った通りでない意思とでも考えておけばいいと思います。
 上の事案Ⅰで交付罪のグループにいる詐欺罪が成立するためには乙さんの思惑とは外れてスーツが甲さんに手渡されないといけないわけですね。甲さんは乙さんに試着するとウソを言ってスーツを手渡されているわけですから、乙さんの思惑と外れてるやん...というのはごもっともです。でもよく考えてみてください。(あるであろう)監視カメラや(いるであろう)他の店員さんがいる状況で乙さんから試着すると言ってスーツの手渡しを受けるだけではたしてスーツの移転が完全にあったといえるのでしょうか。そのような状況のもとでは乙さんは甲さんが店内の試着室の中で着替えるだけだと思っているのでスーツの移転は不完全なものともいえます。
 では上の事案Ⅰを少し変えてみましょう。

【事案Ⅱ】
 就活用のスーツが欲しかった大学生の甲さんは、アウトレットモールに入っているスーツ店に行き、スーツをきたまま、漏れそうなのでトイレへ行くと店員にウソをつき、スーツを持ち逃げしようと考えました。甲さんは店員の乙さんに「すさまじい腹痛がする、死にそうだ、トイレへ行ってくる」と言って、乙さんが頷いたので、トイレへ行くふりをして逃げだしました。

 どうでしょう笑。現実的ではないですし、いくらすさまじい腹痛がして死にそうとはいえスーツは脱いでからトイレへ行けと言われそうですが...(脱ぐのに時間がかかるものならもしくは...笑) 
 まぁ余談は置いといて、事案Ⅱの場合だと乙さんからしても店外にあるトイレにいくことを許してしまっているわけですから甲さんにスーツの移転が完全にあったといえるのではないでしょうか。この場合には詐欺罪が成立するわけですね。

 上で書いたスーツの不完全な移転/完全な移転のことを法律学上の用語ではスーツの占有の弛緩(しかん)/占有の移転という言葉で言い表されます。ではどのような場合に占有が弛緩したといえるのか、移転したといえるのか、の線引きはどこなんだという話になります。これは難しい問題ですが、結局は、だまされた被害者がどのような状況を認識していたかによることになると思います。そういった意味では、冒頭でのべた「あなたは盗み取られたと感じますか?騙されたと感じますか?」という視点はこの問題を議論するうえでは重要なポイントであるといえます。

 確認の意味も込めて、裁判例にもあった事案を2つほど挙げてみたいと思います。
【事案Ⅲ】
 試乗車を乗り逃げしようと自動車販売店の営業員に試乗を申し込んで、単独試乗してそのまま乗り逃げした事案(東京地八王子支判H3.8.23)
【事案Ⅳ】
 資金運用に必要な3000万円の現金を受け取ろうとしたが、受取場所のホテルの会議室に現金の中に盗聴器があるかもしれないとして隣の部屋で検品したいと申し出てそのまま持ち出した事案(東京高判H20.3.11)

 さてどちらの罪が成立するのでしょうか?ご興味がある方は裁判例にご自身で当たってみられるのもいいかと思いますし、コメント等でご質問いただければお答えすることもできますので一度考えてみてはいかがでしょうか。

 さて、ようやく、ここで冒頭のカードすり替え詐欺事件に話を戻しますが、正直ニュースの記事を読む限りでは詳しい状況もわかりませんから一概にいうことはできないのですが、騙された被害者の方がキャッシュカードを入れた封筒をいったん犯人に手渡しているとしてもそれは封筒に封をするためであるとか中身を確認するためであるとかの認識のもとで行われている行動ですのでキャッシュカードの移転は不完全なのです(キャッシュカードの占有は弛緩するにとどまっている)。だからこそ特殊詐欺というネーミングで報道されているものの詐欺罪ではなく窃盗罪の容疑で逮捕されたわけですね。

 いかがだったでしょうか。いくら法律を勉強しているといっても、一般的な感覚でどうなのかという感覚は大事なのかなと思います。今回の【事案Ⅰ】を読んですぐに「窃盗罪が成立するな」と思われた方は優れた法的感覚をお持ちなのかもしれません。
 
 法律関係のことを書くにしても柔らかい言葉で書くというのは普段しないのでわかりにくいところも多々あったかと思いますm(__)mそれでもちょっとでも法律に興味を持たれる方がいらっしゃれば幸いです(*‘∀‘)今後も気になるニュース等があれば積極的に書こうと思うのでよろしくお願いいたします。
 あと特殊詐欺にはくれぐれもお気を付けくださいね...('_')

(もしかしたらいるかもしれないこの記事を読んだ司法試験受験生の方へ)
 みなさんご存知だとは思いますが、この論点は令和元年司法試験刑事系第1問設問1で出題されたものですね。ということもあって今回記事にしました。注意点としては、交付行為があったか否かという点と交付意思を要求するかしないかは別問題であるという点だと思います。